5章 使いにくいトイレができるのは何故だろう?

1.公共施設の障害者向きトイレができる過程 

名古屋市交通局の建物(御器所ステーションビル)内の障害者向きトイレができる過程について、名古屋市障害施設課にお聞きしました。

質問1:御器所ステーションビルは、名古屋市が設計をされたのでしょうか?

回答1:名古屋市のバス事業施設である御器所営業所の改築に伴い、土地の高度利用を図るため、総合的な有効活用計画を名古屋市交通局でたてた後、大まかに申し上げて、住宅部分を名古屋市建築局(現住宅都市局)が、それ以外の部分を名古屋市交通局が設計しましたので、名古屋市の設計ということでご理解いただいてよいです。なお、設計にあたっては、図面作成を外注しました。

質問2:1階の交通局を除いて、3〜6階の各フロアーに障害者向きトイレがありますが、どのように指示をされて設置されたのでしょうか?また、同一建物内に仕様の異なる障害者向きトイレがありますが、なぜでしょうか?

回答2:名古屋市の建設した公共建築物ですから、基本的に「名古屋市福祉都市環境設備指針」にそって設計しております。1、2階につきましては、名古屋市交通局の貸店舗としての用途で、テナント側によるものですが、できるだけ設備指針に沿ったものとなるよう名古屋市交通局から要望しました。3階につきましては、名古屋市交通局の貸事業所としての用途で、テナントとして公共施設である「なごや福祉施設協会事業所」、「なごや福祉用具プラザ」が入居しているものです。入居にあたり、それぞれ、福祉施設協会、名古屋リハビリテーション事業団から委託を受け、名古屋市交通局が設計いたしました。なお、建物の構造上、ユニットトイレで設計している部分がありますので、可動式手すり等の仕様が異なっておりますが他意はありません。また、なごや福祉用具プラザの会議室側のトイレは、施設協会で手の不自由な職員が勤務されることが予定されていたため一部設備内容が異なる点がありますが、基本的には福祉都市環境設備指針に従って設計をしています。

質問3:使いやすさという点では、ペーパーホルダーなどの備品類は、誰が、どこにポイントをおいて選ばれているのでしょうか?

回答3:備品の選定については、設計段階で福祉都市環境設備指針等を考慮して選定しております。設計段階で決定できない細かなものについては現場で見本を見ながら「設計者」が選定します。なお、公共的建築物、地下鉄駅等のトイレットペーパーホルダーは破れにくく華美でないもの等の観点で選ぶことが多いため、ステンレス製の物とすることが多いです。


2、一般建築物ができるまで

 関係者:施主、建設会社(営業・設計・管理・施工・積算・購買)、管理会社(保守メンテナンス)、利用者

 流れ: 建物を建てたい人(施主)が要望 → 設計者が設計(法律・要項・基準集など参考) → 

要項にかかる建物の場合、行政機関へ事前協議、確認申請(図面提出) →  

工事のための施工図作成(工事のためのより細かい図面) → 

工事開始、施工会社が現場監督(大工・内装業者・設備業者など多くの下請け業者が入る) →

工事終了 → 行政機関のチェック


3、愛知県人にやさしい街づくり条例に該当する建築物ができる過程

名古屋市住宅都市局の建築指導課にお聞きしました。

質問1:一般の洋式トイレの入口の幅が、ほんの数センチ狭いために車いすで入れなかったり、障害者向きトイレがあっても使いにくいという現状があります。指導課で確認されているはずなのにどうしてなのでしょうか?

回答1:図面を見て条例違反になるところは指導しています。設計士さんでは話が進まないときは、施主さんを呼んで指導するんですが、立地条件やコストの問題でどうしても難しい場合もあります。現地での確認は、条例の範囲内でやっています。ただ、担当者によって若干異なります。例えば、「通路の床は滑らないようにすること」となっているが、色々な素材が使用されているわけで、これはよくてこれが悪いという基準がないからです。障害者向きトイレに関していうと、規定の大きさと手すりがあればOKしている。

質問2:具体的には、どんな手順で条例に適合するをチェックしているのですか?

回答2:<表1>参照。申請書のやりとりで、できるだけ条例に適合するように話をしますが、どうしてもコストの問題で理解が得られない事も年間数件あります。たとえば、複合ビルなどは、ビル全ての床面積を合計すると1000uを超えるところが結構あり、エレベータと障害者向きトイレの設置は必要なのですが、ひとつひとつの店舗の規模はまちまちで、どこが付けるかという問題になり難しい。ビルの持ち主の理解もなかなか得られないこともあるのです。

<表1> 条例に該当する建築物の手続きの流れ(愛知県の場合)

      特定施設整備計画届出書を提出 → 愛知県の審査、指導 → 建築確認申請書 →    

    愛知県の審査、指導 → 着工 → 工事完了届、適合証を希望する業主は適合証の交付請求 →

      検査、審査 → 検査済証と適合証の交付                       


4、建築関係者の方へのアンケート結果

 実際に建築現場に関わっている方々に

・なぜ使いにくい障害者向きトイレができるか
・どこに問題があるか
・どのようなシステムになっていればいいと思うか

 などについての意見をお聞きしました(一部抜粋)。

◇一級建築士Iさん

障害を持つ人が使うトイレをいくつか設計してきたが、どれも利用者が僕が設計したことを知っていて、「あそこが使いにくい」「こうだったらもっと使いやすい」などの意見をもらう。そうやって利用者の批評にさらされることによって手直ししたり、その失敗を次の設計に活かすことができる。

公共の建物には設計事務所の名前を表示するべきである。できの悪い建物を設計すればその設計事務所は社会から批判を受ける。設計者には社会的責任があることをもっと自覚させなければ。

設計者が障害者と接する機会がないのでは。実際に接していれば、その寸法の持つ意味を理解して設計すると思う。車いすの大きさ、その動き、様々な手すりの使い方など、想像だけでは決して理解することはできないのに設計資料だけを見て分かった気になって設計してしまう。設計段階で当事者が関われるような仕組みがあると良いと思う。

◇土木関係者Nさん

・条例の内容や整備指針は努力目標である。

上記のように理解する発注者、設計者がほとんどではないだろうか。努力目標ということは、極端にいえば遵守しなくてよい目標ということになる。いろんな条件(工事費など)がすべてクリアされないと達成されないことになってしまう。

・建築設計・施工における特徴

建築工事は、土木工事と違って図面発注であり、細かいことがらは施工の段階で決まっていくことが多いのではないか。そうすると、よほど詳細な特記使用を記入しないと、施工者が図面の意図をくみ取れないことがある。電気スイッチひとつとっても、従来の高さと異なる図面を描くと現場で気を利かせて?、修正してしまうこともあり得る。建築工事の仕様書は様式ができていて、○を付けて表現することが基本になっているが、この仕様書基本様式に「バリアフリー」「ユニバーサルデザイン」といった項目を追加して、どんな点に注意して施工すべきか明示できるようにすることも重要と考える。

・土木設計・施工の場合

建物以外の土木構造物においては、詳細な図面を描いて数量を算出し、工事費計算書を作成します(数量発注といいます)。土木工事においては図面、計算書に示されたものと同じものを工事で作るのが基本なので、設計段階で障害者利用に十分配慮すれば、図面に示されたそのものが実現されます。(極端にいうとどのメーカーの何という品物を用いるか、何色にするか、重量は何kgにするかなども図面に表示する)。しかし、土木設計の場合は、建築設計に比べると、バリアフリー等に関する意識が薄いとうのが現状だと思います。(ヒューマンスケールを超えた機能的・経済的な構造物を追求してきた経緯があるので、利用者の使い勝手を意識して設計するという観点が欠落しやすい)

◇大学の建築学部を卒業したばかりのKさん

正直言って建築学科の学生はまちづくり条例の内容などほとんどの人が知りません。雑誌に載るようなカッコイイ建物、お洒落な空間にしか興味がないように思います。だから当然学校の課題では設計資料集に載っているトイレをそのまま当てはめるだけ。そんな事ではいけないのですが、力を入れる場所、興味の対象が違うのだと思います。福祉大学などではもう少し違うかもしれません。

いろいろな事務所でバイトをしてきて、今言った事は実務の場でも、多かれ少なかれ当てはまる事だと思います。気持ちの良い空間を、かっこいい建物を…ここがやっぱり一番問題のあるところなのですけど、設計をしている人にとってみればトイレとはやっぱり所詮はトイレなんだ、という考えがあるのではないでしょうか。建物を建てるにあたって決めなければいけないことはたくさんあってトイレもあくまでそのひとつのものであって、トイレの計画に時間をかけるわけにはいけないのです。(これは言い訳ですよね)ですから、こうしたら障害者の方は使いやすいだろうという、マニュアルに載っている数字以上の事は考えていないように思います。日経アーキテクチャーに載っていたのですが「マニュアルを見て人をみず」の状態なのです。

一般的にこのくらいの高さなら使える、という範囲の数字はありますので、その通りにはやっていると思います。世の中にあるたいていのものはまだまだ不完全です。もっと処理速度の速いパソコンが欲しい。→すぐに新しいのがでますよね。要求の多いものにはすぐに答えてくれる世の中なのです。実際にまだ、その要求がトイレに関しては(非常にプライベートな問題という事もあって)設計者の側まで切実な問題として届いていないというのも問題の一つだと思います。もっと情報が欲しいというのも実情だと思います。

◇二級建築士Nさん

公共建築物に関して、まちづくり条例、整備指針が出来ているにも関わらず使いやすくなっていないと言うことは、設計者の認識不足、条例、指針を知らない?設計図面の不備、照明スイッチの位置などが記入、指示してあれば図面どおりに現場では施工します。行政も設計者と同じく認識不足、条例、指針を知らないのでは。知っているなら行政の図面等のチェック機能のなさ、怠慢が考えられます。扉等の重さに関しては条例、指針は出てないと思いますが、軽いと開閉動きが早く危険、トイレの清掃、水洗い等に強い素材のもの、壊されにくいものなど重い理由が考えられ、軽い物の要求がどこまで出ていて、理解してもらっているか解りませんので、どうしてこのようになっているか判断できません。条例、指針に関しての仕組みについては、行政のなかでまちづくり条例、整備指針を作る部署と実際に公共建物を作る部署の認識の違い、怠慢さではないでしょうか。

◇一級建築士Tさん

トイレに限らないのですが行政という所は前例のない新たな提案はなかなか受け入れません。さらに

  ・ここだけ特別な対応をすれば、他の市民から不公平だとクレームがくる。
  ・行政の担当者の認識が浅い場合、折角の提案が上司や建物使用者の耳に届かない。

などと、なかなか物事ははかどりません。

設計時には、トイレ機器メーカーの資料を参考にするのが設計士の一般的な現状だと思います。情報は不十分だが、ペーパー情報には限界があり、さじ加減のノウハウは多くの経験をこなさなければ身に付かない。経験も必要だが、失敗も許されない。

今後は、設計の途中でのコンサルタントシステムを構築すべき。少なくとも公共建築は障害を持つ方々や介護職、療法士らを含むコンサルタント組織のチェックを受けるような制度をつくる。視覚・聴覚・車いす利用者・その他の障害を持つ方々の意見交換を継続的に続け、相矛盾する事柄について議論をしておく。 

◇一級建築士Kさん

発注システムに一番の問題があると考えます。ハートビル法等整備されてきていますが、法は事をスムーズに運ぶためのマニュアルであり、最低守りましょうの取り決めです。それから先は、発注者・委託を受けた設計者の考え方によります。

公共施設のコンペで、設計提案とは別に住民参加のシステムをどう組み入れていくのかの提案も含めて審査対象にした事例や、仕様書に「人街アドバイザー」の設計参加をうたった事例等は、今後のシステムの参考になるかと思います。

◇建築士Fさん

主に大型小売店舗の設計に携わっているので、新規開業の店に足を運びいくつか見てきています。大手企業も何社かあり、どの店もハートビル認定を積極的に取得されていますが、企業のカラーはそれぞれあるようです。ただ、どの企業も数年ごとに自社基準を改定し充実した内容になってきているようです。また、全国区の企業は、東京、大阪での状況を見て、先行した内容と思われ、続いて地方の企業が追従していく状況と思われます。たとえば、便所では洋式の割合が高くなってきている。便所の洋便ブースを大型にして引き戸を採用している。ベビーカートが入るサイズになっている。多目的便所に成人用ベッドを1ヶ所設ける。

数万uのショッピングセンターのほんの数箇所のトイレは内装はそこそこでも、設備は充実させることは可能であり企業理念もお客様の利便性が売上につながることと一致しているので、これからも、お客様の声を取り上げていくことでしょう。

◇行政機関にて設計に携わるMさん

設計にいて感じることは、端的に言えば、使用する人の声がほとんど聞こえてこないということです。施工完了して一年後に点検を終えると、ほとんど営繕課との縁は切れてしまいます。そして、依頼局から使用者の不満の声が次の施設へと反映されることはあまりないような気がします。市民→施設管理者→施設管理局の建設担当→住宅都市局営繕部ちょっと遠いのです。

扉の重さに関しては、屋内であれば、改善可能な限りすべきであると思います。しかし、屋外、特に公園便所など、いたずらをされやすかったりして管理上やわらかい素材をつかえない場所も中にはあります。そのような場合、ステンレスのようなわりと重厚なものを使わざるをえないところもあります。先日埼玉のとある都市の公園便所を拝見(ただの通りすがりの公園ですが)しました。身障対応になっておりブースは2000角でした。扉もアルミでできてはいましたが、いったいいつまでもつのだろう、と思ってしまうくらい柔でした。

◇建築士Tさん

設計をするときに、その建物で生活する人たちのことを思い浮かべて設計すれば、その建物はその人にとって大変使いやすい建物となると思います。障害者にとって使いやすいトイレというのは、その設計者がその人のことを思って設計したかによるのではないか、と思います。役所の定める整備指針というのは必要条件ではありますが、十分条件ではありません。設計者がいろいろな人と交流して、いろいろな人の身になって建物を考えることができれば、質問にある、身障者に大変使いにくいトイレは少なくなっていくと思います。

◇設計事務所に勤めるKさん

設計する際のシステムの問題。指摘されるような問題は、実施設計時の配慮がまず必要です。図面を書く際に気を使えば良いのですが、全体をまとめている設計者が必ずしも該当する図面を書いていません。図面作成は社内の若い人、オペレーター、外注等に任せてしまうケースが多いと思います。壁の位置、仕上げ等、その建物のオリジナルな部分は指示しても、どの建物にも共通するようなものは指示しないため、以前作成した図面のデータをもってきているだけだったりします。

図面を見て設計者が気がついても、現場でも対応可能なものだったりすると、納品に時間がないため、修正しないケースも多いでしょう。それが忘れ去られてしまうと、従来の形で出来上がります。

それから、設計図で重要なことは、図面から材料の数量がわかり、金額が出せることなので、細かい位置関係は、やはり現場での対応が大切です。整備指針どおりに出来ないのは、設計者の怠慢であることはもちろんですが、施工者の認識が高ければ、設計者をフォローできると思います。ゼネコンだけでなく、下請業者まで意識が高ければ、誰かが気がつくのでしょう。

扉が重いことについては、防火扉だったりする場合が多いと思います。法的に必要なのですが、それを避けるための工夫が足りないのでしょう。しかし、それが難しいのだと思います。

とにかく、社会的に障害者への配慮が進めばだんだん改善されると思います。


6、まとめ

使いにくいトイレができる理由

改善策

建築関係者(建築主・設計者・施工者)の関心の薄さ・認識不足

障害を持つ当事者の切実な現状・要望を知る

専門課程におけるユニバーサルデザイン教育の充実化

障害を持つ当事者の情報・要望の伝達不足

声を届ける仕組・当事者の関われる仕組づくり

設計段階で当事者を含めたアドバイス組織との連携

設計・施工の複雑化

設計システムの改善

設計〜工事終了後までのトータルコーディネーターの設置

施工後、利用者の要望・不満を届ける窓口の一本化

責任の所在の明確化

条例等の指針の限界

行政のチェック機能の強化

マニュアルの詳細化・具体化

建築業に携わる方々からいただいた意見をまとめると上記のようになります。大きくは、情報不足と設計システム上の問題に分かれます。

商業建築では自社の生き残りや利益を上げる戦略のため、利用者の声を多く聞きトイレも充実した内容になってきているという意見がありました。トイレなどの設備をより使いやすくすることが、施設全体の価値を高め、利益を生み、施設所有者・利用者双方にとって良い結果をもたらすとなっています。これは公共施設でも同じ結果を生み出すことができると思います。

より使いやすいトイレを作るために、設計者側では
   ・ どういう人が使うかということを熟慮し
   ・ 設計、施工、管理の各段階で、当事者の意見を汲み入れる機会を作り
   ・設計〜完成後まで通して管理できる体制を作る

といった努力を、使用者側では
   ・最大公約数的な要望を建設者、施設管理者に伝える

といった努力をしていく必要があると思います。

それには、施工後、実際に利用者が利用して使いにくい点や使いやすい点、要望などを伝える行政・民間双方の窓口の設置が不可欠であり、それらの声を次の現場に役立てていくシステムづくりが必要であると思われます。

建築に関わる人が、利用者の声を聞けるシステムが無いところで、思い込みやマニュアルだけに頼った建築をしていたのでは、いつまで経っても利用者にとって本当に使いやすいものにはなり得ません。逆に、何処かに一箇所いいものが出来たとすれば、それはそこのみに留まるものではなく、それを参考に次へまたその次へと広がっていくものとなるはずです。

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